大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)8733号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

三そこで、請求の原因4の名誉毀損の成否について判断する。

1 民法七二三条にいう名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価をいい、名誉毀損とは、右の如き社会的評価を低下させる行為である。そして、特定の文書に掲載された記事の内容が人の名誉を毀損するものであるか否かは、その記事を読む者、本件では本件ビルの全区分所有者及び賃借人の普通の読み方を基準として判断すべきである。

2 本件第一文書に本件第一記事(1)(2)が、本件第二文書に本件第二記事が、それぞれ記載されていることは当事者間に争いのないところ、右記事がいずれも具体的事実を摘示して、訴外組合の副理事長(理事長代行)兼配分委員会委員長たる原告を指弾するものであることは明らかであり、本件第一文書の「ブロードウエイの管理を毒する者」という標題、本件第一記事(1)の「尤もらしい理屈をつけて区分所有者並に賃借人を欺き」「ごまかし配分を行つた」という表現、本件第一記事(2)の「配分委員長の地位を利用して管理費を一円も支払つていないことが発覚」「食いものにして来た実例」という表現、本件第二文書の「管理費滞納者の筆頭は配分委員長」という標題及び「滞納の横綱」、「皆さんの無知無関心に乗じたあこぎな役得であります。」「管理にへばり付く」という表現は、これらの記事を通読する者をして、訴外組合の要職にある原告が、不当な職務執行により組合員に不利益な管理費配分を策し、他方その地位を悪用して巨額の管理費の支払を免れているとの印象を、与えるものというべきである。

以上のように、本件第一、第二文書は、管理費負担の不当な配分及び管理費の滞納という具体的事実を摘示しつつ、これを読む本件ビルの区分所有者及び賃借人に原告が全く信用できない悪人であるとの印象を与える内容のものであつて、原告の人格的価値についての社会的評価を低下させるものであり、原告の名誉を毀損するものというべきである。

四被告は、抗弁1ないし3のとおり主張して、本件各文書の配布には違法性阻却事由があるというのである。そこで、抗弁1及び同2についての判断はしばらく措き、同3の本件各記事の内容が真実であるとの主張について判断する。

1 本件第一記事(一)について

抗弁3(一)の主張事実のうち、訴外組合設立の目的が本館と別館との管理費負担の不当な格差を是正する点にあつたこと、原告が訴外組合設立と同時に同組合の理事兼配分委員会委員長に就任したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、昭和四九年六月二八日に開催された訴外組合の区分所有者集会に配分委員会作成の「管理費の配分についての資料」にもとづいて、本件ビルの管理費を店舗部分は坪当たり月額金二六〇〇円(従前の約2.34倍)、別館部分は同じく約金八四〇円(従前の約一七倍)とすることなどを内容とする値上案が上程されたが、結局右原案に示された管理費からその各一割に相当する額を控除した額をもつて暫定的管理費とする旨の議決がなされたことが認められる。しかしながら、抗弁3(一)の主張のうち、右当事者間に争いがない事実及び右認定事実を除くその余の主張は、本件議決の基礎となつた配分委員会案の作成及び議決に関して、原告の意見、行動、態度などがどのように影響したかについての具体的な摘示を欠くものであつて、この主張のみから、原告が「尤もらしい理屈をつけて区分所有者並に賃借人を欺き」、かつ、「ごまかし配分」を行つたとされるゆえんを了解することは困難であつて、主張自体失当たるを免れない。のみならず、右主張と符合する被告本人の供述部分も、以下にのべる理由により、信用することができない。

すなわち、<証拠>によれば、本件ビルの管理権が東京コープから訴外組合に移行する直前における管理費は、店舗部門がその専有床面積一坪当り月額金一一一〇円、住宅部門、別館部門のそれがそれぞれ金四五〇円、約金五〇円であつたことが認められ、同社がこのように別館部門の管理費を他の部門のそれに比して低額にしていた理由は、前記のとおり、別館が同社の系列会社の所有にかかり、その駐車場、寮、店舗として使用されていたことによるものであつた。そして、このような管理費負担の不公平を是正するために昭和四八年九月一日、訴外組合が設立され、同組合が本館の店舗部門、同住宅部門及び別館部門からそれぞれ原、被告その他の者を理事として選出したことは前記のとおり当事者間に争いのないところであるが、<証拠>によれば、同組合の理事会は、右目的を達成するため、同年一〇月中旬、その諮問機関として「配分特別委員会」と称する委員会を設置したこと、同委員会は右三部門の各利益代表として理事の中から選出された一二ないし一三名の配分委員で構成され、本件ビルの共用部分に要する管理費をできる限り正確に算出したうえ、これを右各部門に公平に配分する案を策定して理事会に答申することを目的とするものであつたこと、同委員会は、同四九年四月中旬、受益者負担の考え方に立脚した「管理費の配分についての資料」と題する報告文書(甲第一八号証)を作成し、これを理事会に答申として提出したが、右文書は、出席委員の全員一致という意思決定方法による審議を三〇回以上も重ねた末に作成されたものであること、同委員会の審議の過程においては、別館に対する配分率の決定に際しては、別館部門代表の配分委員が強硬に反対したため、審議が再三にわたり夜半過ぎまで及ぶほどであつたこと、理事会は、右報告文書に基づき、河崎・千賀両顧問弁護士、会計顧問宮崎公認会計士、設備顧問伊藤建築士等の助言をも得ながら協議を重ねて管理費値上げの原案を策定し、これを同年六月二八日開催の区分所有者集会に付議したが、この理事会案は、別館部門の管理費を大幅に増額するものの、なお本館特に店舗部門のそれとの間の格差を維持するものであつたため、右区分所有者集会において、これに対し、管理費負担の不公平を是正するものではないとの意見などが出され、活発な討議の結果、前記のとおり、右案に示された各部門別管理費額からそれぞれその一割相当額を控除した金額をもつて暫定的な管理費とすることが決議されたに止まつたこと、その後同年九月二八日開催の区分所有者集会において、前記理事会の管理費値上げ案が正式に可決され、これによつて前記各部門の専有面積一坪当りの管理費負担月額は、店舗部門金二六〇〇円(自主管理移行直前の額の約2.34倍)、住宅部門約金一〇〇〇円(同2.2倍)、別館部門約金八四〇円(同約一七倍)と定められ、格差はかなり是正されたことが認められる。

以上の事実を総合すれば、右管理費の配分は、配分特別委員会、理事会、区分所有者集会の三つの機関の審議を経て決定されたものであり、しかも、配分特別委員会では出席委員の全員一致による賛成が議決要件とされ、理事会における審議の過程では、弁護士、公認会計士、建築士等専門家の意見も聴取され、更に区分所有者集会においても実質審議が行われたことが窺われるのであつて、このような管理費配分決定の経過にかんがみれば、たとえ配分特別委員会の委員長の地位にあつたとはいえ、原告の個人的意見が右決定の過程に支配的影響力を及ぼしたとは考えられず(しかも、<証拠>によれば、原告は他の特別配分委員会の委員と同様、区分所有建物の管理費問題に関しては全くの素人であつたことが認められるから、その意見、行動、態度などが他の委員や理事更には他の区分所有者らの意思決定にとりたてて強い影響を与えたとも考え難い。)、また、前記のように自主管理への移行の目的は、別館部門の管理費負担の不公平を是正することにあり、したがつて、配分特別委員会の委員、理事又は区分所有者らの最大の関心もこの点にあつたであろうことを考慮すれば、いかにこれらの者が区分所有建物の管理知識に疎かつたとしても、根拠薄弱な資料に基づいて別館部門にことの外有利な管理費配分を策するが如き案が多数の者の賛同を得るような結果に至るとは到底思われない(ちなみに、本件全証拠によつても、原告において別館部門に有利な管理費配分を主張し、これを実現すべき特段の事由があることは認められない。)。

他に、前記被告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、被告の抗弁3(一)の主張は、採用の限りでない。

2 本件第一記事(2)及び本件第二記事について

抗弁3(二)の主張事実のうち、昭和五三年六月まで本件三室について管理費の支払がなされていなかつたことは当事者間に争いがないが、その余の主張事実は、右管理費不払が発覚した時期がいつであるか、また、原告が右不払の事実を訴外組合に申告すべき責務を負つていたか否かは別にしても、原告の右不払の事実についての不申告と配分特別委員会委員長の地位利用との関連について具体的摘示を欠くものであり、更に、右不申告が何故に、「ブロードウエイの管理を毒し」、「他の区分所有者の管理費を一二年間食いものにし」、区分所有者の「無知無関心に乗じたあこぎな役得であり」、かつ、原告が「管理にへばり付く」という評価に結びつくかについて納得できる説示をしないものであつて、不十分な主張と評さざるを得ない。のみならず、右主張に沿う被告本人供述部分も、その主要な部分において漠然としているばかりか(例えば、右尋問の結果中には、原告が、右管理費徴収問題に関し配分特別委員会を「牛耳つて」おり、他の委員らは問題の所在を知りつつもこれを指摘することができなかつたという供述部分がある。)、以下に述べる理由により、到底信用することができないというべきである。

すなわち、<証拠>によれば、本件ビルの五四五号室は、原告の妻である竹内えふが本件ビル完成(昭和四一年一〇月)後間もなく、同五五一号室は同人が同五一年に、また、同五五二号室は、原告の娘である竹内牧が同四六年五月にそれぞれ購入し、以来右各室はそれぞれ右各人の所有に属していること(なお、この点について、被告本人は、右各室の所有名義は右のとおりであるが実際の所有者は原告である旨供述するが、右供述部分は、被告の根拠に乏しい推測に基づくものであつて、信用することができない。)、本件三室は、本件ビルの住宅部門に所在する倉庫であるが、本件ビルにおいては、一般に住宅部門内に所在する倉庫の所有者は、自主管理移行以前の管理者である東京コープとの間の売買契約締結時の特約に基づいて管理費の支払義務が免除されており、また自主管理に移行した後も訴外組合が右特約を承認して引き継いだため、自主管理移行後に右倉庫を購入した者も含めて、昭和五三年六月までは右倉庫の管理費は徴収されていなかつたことが認められるから、本件三室の所有者については、少なくとも昭和五三年六月までは、管理費支払債務自体が存在しなかつたのであり、したがつて、ことばの厳密な意味における管理費の「滞納」という事実はありえなかつたことになる。

しかも、<証拠>によれば、原告は、訴外組合設立後間もない昭和四八年一二月一〇日開催の同組合理事会の席上において、組合運営費用確保の観点から住宅部門内倉庫の所有者からも応分の管理費を徴収すべき旨提案したこと、これを受けて同月二一日開催の同理事会で、右管理費を徴収するという方針が可決され、なお、具体的な徴収基準等については、右倉庫が住宅部門内に所在する関係上住宅部門に固有の管理問題を検討するための機構である住宅管理委員会(名称「親和会」)の下部組織たる専門委員会(名称「格差委員会」)で検討することになつたこと、その後右格差委員会で検討した結果が右親和会、住宅部門理事会の審議を経て同五三年五月末に訴外組合の理事会に答申され、右答申案が理事会原案として同年六月二七日開催の区分所有者集会に付議されたこと、右理事会原案は前記倉庫の区分所有者について同年七月分から一定の管理費を徴収するという内容のものであり、同集会においては、とくに右徴収を同月以前に遡及して行うべきであるとする意見は右原案に対する反対票となる旨の説明がなされた上票決した結果、右原案が出席者全員賛成により可決されたこと、なお、原告は店舗部門選出の理事であつたため、前記格差委員会が具体案を策定して、それが訴外組合理事会に付議されるまでの前記住宅部門内における一連の審議の内容について一切発言権を持たず、他方、配分特別委員会の権限は、本館店舗部門、同住宅部門、別館部門の各部門全体についての管理費配分割合を訴外組合の理事会に答申することに止まり、右各部門内部において配分された管理費を具体的にどのように負担するかについては、それぞれの部門の各理事会で原案が決定され、これが区分所有者集会に付議されるという手続をたどるのであつて、配分特別委員会としてはこれに全く関与していなかつたことが認められる。

以上の事実によれば、原告は、自主管理移行後間もない時期に、住宅部門内倉庫所有者からも管理費を徴収すべき旨、むしろ積極的に提唱し、まさにこの原告の問題提起が契機となつて右管理費徴収問題が解決をみたと言えるのである。そして、右管理費徴収問題は、配分特別委員会の権限外の事項であつて、原告は、右問題の帰結につき右委員会の委員長の地位に基づいて具体的な影響力を行使する余地はなかつたといわなければならない。

他に前記抗弁3(二)の主張事実を認めるに足る証拠はない。

3 以上のとおり、本件各記事が真実であつたもの、あるいは真実と信ずるについて相当の理由があつたものとは認められないので、その余の点について判断するまでもなく、被告の抗弁は理由がなく、本件各文書の配布による名誉毀損は違法たるを免れないというべきである。

(篠田省二 小池信行 寺内保恵)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!